園だより 園長からのメッセージ

毎月、発行している園だより 園長からのメッセージ

2024年 2月

忘れないで                    園長 佐 竹 和 平 

 讃美歌(さんびか)はキリスト教の礼拝の中で歌われるもので、神様を讃美する歌、神様をほめたたえる歌です。幼稚園でも讃美歌は毎日、子どもたちによって歌われています。何度も歌う讃美歌は幼稚園を卒業した後も忘れずにいて、あの歌、好きだったなあと思い出す卒業生もいます。

「わ〜すれな〜いで〜いつもイエスさまは〜きみのことを〜みつめている〜♪」  2月のさんびかは「忘れないで」です。年長のほし組はこの時期、卒業の言葉も多く聞くこととなり、幼稚園を卒業し、小学校に行くことへの喜びと不安をもって生活しています。年少、年中はそれぞれ進級に向けて、憧れの一つ上のあの色のバッチ、あの色の帽子に期待をふくらましている子もいます。そのような時に、忘れないで欲しいことがあるので、2月にこの讃美歌を歌っています。

 忘れないで欲しいことは、みんなが神様、イエス様に愛され、守られている大切な存在だと言うこと。そして、みんな、一人ひとりが大切な存在で、自分も大切な存在だから、そばにいるお友達も大切な存在、だから互いに愛し合いましょう、仲良くしましょうということ。困っている人がいたら助けてあげましょうということ。幼稚園に在園している皆さんはこのことを礼拝の中で聞き、友だちとの関係の中で体験し、行ってきていたのだから、忘れないでいて欲しいのです。

 いつも忘れずに生活することはできないかもしれません。辛いとき、嫌なことがあったときに、幼稚園での生活、礼拝をしたこと、讃美歌を歌ったこと、友だちとすごした時間を思い出して欲しいのです。それは希望になるでしょう。うれしいときにも思い出して欲しいのです。それは感謝になるでしょう。大切なことを、幼稚園で経験したことを、忘れずに日々を、人生を歩んで欲しいと願っています。

 2月のカリキュラムのテーマは「わかちあう」となっています。集団での生活は「~~しあう」ことが日常です。笑いあって、泣きあって、喜びあって、協力しあって、教えあって、分けあって、時には争いあいもありました。愛しあって、歌いあって、祈りあってもいます。それらは「育ちあう」ということに集約されるかもしれません。わかちあって、育ちあってきた子どたちのこの成長をうれしく思います。

 ドレーパー記念幼稚園で育ちあったこの経験をお子さんのみならず、保護者の皆様もどうか忘れないでいてほしいと願っています。

 

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2024年1月

信頼感                         園長 佐 竹 和 平 

幼児教育に関する研修などで良く出てくる言葉に「認知能力」「非認知能力」があります。何度かこの園だよりでも紹介はさせていただいてもいますが、大切なことなので改めて記しておきます。

認知能力というのは簡単に言うと数値化できるもの。学校での試験の点数、成績などでは能力がすぐに認知、明らかにされます。もっと言ってしまえば、目に見えるものとも言えます。「できる」「できない」とか「うまい」「下手」」とか。

まあ、一般的にできないより、できる方が良いですし、下手よりもうまい方が良いですが、良くなるために大切な能力が非認知能力とされています。「思いやり」「協調性」「自制心」「自尊心」「やり抜く力」「意欲」「社交性」「勤勉性」「信頼」などのことを言います。

冬のこの時期には園庭でなわとびが行なわれています。最初から誰でもできるわけではなく、諦めずに練習するからうまく飛べるようになるのです。この諦めずに練習しようとする心が大切なのです(やり抜く力、意欲)。また、できる子ができない子に飛び方を教えたりもします(おもいやり、協調性、社交性)。なわとびができる、できないではなく、大切なのはその過程にあることがわかります。

非認知能力の「思いやり」「協調性」「自制心」「自尊心」「やり抜く力」「意欲」「社交性」「勤勉性」「信頼」どうすれば育つのでしょうか。それには乳幼児期の親や大人の関わりの中で、「人って信じて良いのだな。自分は愛されているんだな」という自分と他者に対する基本的な信頼感がベースになって徐々に「非認知」的な心の性質が積みあがっていくのだとされています。

子どもはよく「みて、みて~」と言って、自分の得意なことをやってみせてくれます。そういう一つひとつの子どもからのメッセージを疎かにしないようにすることが大切です。見てくれる人がいる信頼感です。子どもにとってこれが一番うれしいことです。子どもとの信頼感を意識して、毎日を過ごしていきましょう。

2024年1月

信頼感                         園長 佐 竹 和 平 

幼児教育に関する研修などで良く出てくる言葉に「認知能力」「非認知能力」があります。何度かこの園だよりでも紹介はさせていただいてもいますが、大切なことなので改めて記しておきます。

認知能力というのは簡単に言うと数値化できるもの。学校での試験の点数、成績などでは能力がすぐに認知、明らかにされます。もっと言ってしまえば、目に見えるものとも言えます。「できる」「できない」とか「うまい」「下手」」とか。

まあ、一般的にできないより、できる方が良いですし、下手よりもうまい方が良いですが、良くなるために大切な能力が非認知能力とされています。「思いやり」「協調性」「自制心」「自尊心」「やり抜く力」「意欲」「社交性」「勤勉性」「信頼」などのことを言います。

冬のこの時期には園庭でなわとびが行なわれています。最初から誰でもできるわけではなく、諦めずに練習するからうまく飛べるようになるのです。この諦めずに練習しようとする心が大切なのです(やり抜く力、意欲)。また、できる子ができない子に飛び方を教えたりもします(おもいやり、協調性、社交性)。なわとびができる、できないではなく、大切なのはその過程にあることがわかります。

非認知能力の「思いやり」「協調性」「自制心」「自尊心」「やり抜く力」「意欲」「社交性」「勤勉性」「信頼」どうすれば育つのでしょうか。それには乳幼児期の親や大人の関わりの中で、「人って信じて良いのだな。自分は愛されているんだな」という自分と他者に対する基本的な信頼感がベースになって徐々に「非認知」的な心の性質が積みあがっていくのだとされています。

子どもはよく「みて、みて~」と言って、自分の得意なことをやってみせてくれます。そういう一つひとつの子どもからのメッセージを疎かにしないようにすることが大切です。見てくれる人がいる信頼感です。子どもにとってこれが一番うれしいことです。子どもとの信頼感を意識して、毎日を過ごしていきましょう。

2023年 12月

クリスマスの喜び              園長 佐竹 和平

「運動会が礼拝から始まるってすごいですね」とある保護者から言われました。ドレーパー記念幼稚園では運動会に限らず多くの催しは礼拝から始まります。礼拝が出来なくとも、少なくとも祈りをもって始めるようにしています。礼拝や祈りは自分自身やみんなのことを神様に感謝し、みんなの平安を願うものです。感謝の気持ちを絶えず忘れずに今を生きて欲しい。自分自身のことだけでなくみんなのことを考える人になって欲しいという願いがここにはあります。

12月のこの時期に思い出す詩、保護者の皆さんに伝えたくなる詩があります。

松田明三郎という牧師の書いた「星を動かす少女」。

 クリスマスのページェントで 

 日曜学校の上級性たちは三人の博士や、牧羊者の群や、マリヤなど、

 それぞれ人の目につく役をふりあてられたが、

 一人の少女は誰も見ていない舞台の背後にかくれて星を動かす役があたった。

 「お母さん、私は今夜、星を動かすの。見ていて頂戴ね」

 その夜、堂に満ちた会衆はベツレヘムの星を動かしたものが誰であるか

 気づかなかったけれど、彼女の母だけは知っていた。

 そこに少女の喜びがあった。

 舞台の後ろで星を動かす役、それは決して華々しい役ではないけれど、とても大切な役目の一つです。それを熱心に、純真に演じようとする少女の姿。そして、そのことを全信頼を置いている親にむかって喜びを持って伝えている少女の姿があります。

「見ていて頂戴ね」と言われた時、あなたならどう応えるでしょう。あなた自身もこのような星の役、人には知られないけれど大切な役目を負っていることもあるでしょう。それをわかってもらえることは大いなる喜びです。

 12月、イエスキリストの誕生を喜びあう時です。しかし、現実にはそのイエスキリストが誕生した地、パレスチナでは戦争が起きています。互いに愛し合いなさいと伝えたイエスキリストの愛を理解し実践できない現実、罪がそこにはあります。戦争とまではいかないまでも、同じような罪を持つ、互いに愛し合うことができない自分自身もいます。

 パレスチナでの惨劇を遠い地でのことと思わずに自分自身の中にもあることとして、クリスマスを通じて一人でも多くの人と平和を願い、祈りたいと思います。

2023年 11月

深まる                園長 佐竹 和平

 11月のカリキュラムのテーマは「深まる」となっています。この時期、幼稚園の子どもたちの生活は様々なことが深まっています。友達との関係、異年齢の子との関り、先生との関り、支援の必要な子との関りなど、人間関係の深まりがさらに進んだようにこの時期になると感じます。困っている子がいるときに自然と優しい声がけのできる子がいます。何かのきっかけで落ち込んでいる子に、気もちを切り替えて遊ぼうと誘ってくれる子がいます。先生との会話をしてこなかった子が急に親しげに語りかけてきたりもします。園庭での遊びも、泥団子づくりや教師抜きでのグループを作っての氷鬼など、1学期とは明らかに違う、遊びの深まりを感じもします。人間関係の深まり、遊びの深まりはつまり、子どもの成長のことで、多いに喜ばしいこの時期です。

 ドレーパー記念幼稚園には後援会というものがあり、我が子が幼稚園を卒業した後なれど、何か幼稚園のためにできることはないかとの思いを持った方々が活動されています。後援会の主な活動は年に一回の幼稚園が発行するドレーパーだよりの編集、発送作業とマルシュへの参加です。今年は新たに数名のメンバーが加わってくださってもいます。特に今回加わって下さった方々は、お子さんが幼稚園に在籍されていた時にけやきの会の活動、サークル活動、マルシュの準備などを通じて友だちとの関係、幼稚園との関係を深められた方々でした。園長が願っている、子どもだけでなく、保護者にも幼稚園生活を楽しんで欲しいとの思いを実行された方々でもあります。

 11月23日(祝)にドレーパー記念幼稚園ではマルシュが開催されます。バザーの名称をマルシュと変更してもう随分と過ぎました。一般的にも広まってきたマルシェとはフランスの言葉で市場を意味します。幼稚園の「マルシュ」にはこの市場の意味合いを持たせつつ、私たち、一人ひとりの存在を〇(マル)としてくださっている主(シュ)なる神に感謝するという意味合いを持たせてもいます。また、バザーは収益を目的ともしますが、マルシュは収益よりも人と人とのつながり、絆を大切にすることを目的ともしています。

 保護者の皆様にはマルシュの事前の準備の段階で何度も保護者同士で、つながりあえる機会があるかと思います。どうぞ、無理の無い範囲でマルシュに関わってみていただきたいと思っています。サークル活動や幼稚園からお願いするボランティアなどもあります。保護者の皆様の中での人間関係の深まりが導かれる11月となるよう園長としては願ってもいます。

2023年 10月

園児フェスティバル             園長 佐竹 和平

残暑の厳しさもあり、運動会は当初10月の予定だったものを11月に開催することとし、園児フェスティバルを10月に開催することにさせていただきました。いま、幼稚園、子ども達は園児フェスティバルむけて楽しみながら、当日に向けて活動しています。

この園児フェスティバル、以前は子どもたちの制作物の発表として作品展として行っていたものが進化したものです。作品展は子どもの作品、特に個人の作品を家族の方に見ていただく催しで、行事としては「個」「静」なるものでした。作品の前には個人の名前を記し、だれが作った物かがわかるようにしていました。園児フェスティバルは、もっと子どもたちのことを知ってもらいたい、幼稚園の生活の中で活き活きとしている様を見てもらいたいとの思いで始めたもので「集団」「動」なる催しです。子どもの動き、コミュニケーションが大切な催しとなっています。

幼稚園教育要領には幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿というものが記されていて、遊びを中心とした幼稚園生活を通じて成長して欲しい姿が具体的に記されています。

幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿

  1. 健康な心と体         
  2. 自立心   
  3. 協同性            
  4.  道徳性・規範意識の芽生え
  5. 社会生活との関わり          
  6.  思考力の芽生え           
  7. 自然との関わり・生命尊重  
  8.  数量・図形、文字等への関心・感覚  
  9. 言葉による伝え合い          
  10. 豊かな感性と表現

 わたしたち大人が気付くことができないこともあるほど、子どもは遊びを通じて多くのことに気づき、学んでいるのです。自分で気づいて、自分で考え、自分で行動(試行錯誤)した経験がその後の人生における生きる力の基となるのです。保護者の皆様には各クラスの担任から毎日配信されるドキュメンテーション通じて、子ども達の成長のしている姿を報告させていただいてもいます。                                    

 園児フェスティバルは特に、③、⑤、⑥、⑦(年長)、⑧、⑨、⑩に関する学び、成長が必要とされるものでもあり、そこに成長があり、園児フェスティバルの面白みがあるのです。

9月

 アンパンマン      園長 佐竹 和平

 ドレーパー記念幼稚園には過去、1人だけ男性の保育者がいて、クラスの担任も務められていました。名前は森田裕明先生。同郷の師でもある、当時の鈴木園長を頼ってこの幼稚園に就職しました。

幼稚園で働いているうちに、日々接するキリスト教への思いが強くなり、牧師の道を新たに目指すようになり神学校に通い牧者としての学びも深めるようになるのでした。この森田先生は現在も牧師として、また横浜にある幼稚園の園長としてお働きになられています。

 今年はこの森田先生が日曜日の子どもの教会の説教、主日礼拝の説教をを月に1回程度担ってくださっています。先日の子どもの教会ではアンパンマンの絵を掲げてこんなことを言い出されました。

 「アンパンマンは何歳だと思いますか?アンパンマンの元になった人物を知っていますか?」と。答えは「アンパンマンは50歳で、アンパンマンの元はイエスキリストです」と。作者のやなせたかしさんはクリスチャンで、イエスキリストをイメージしてアンパンマンを作成したとのこと。ちょっと驚きました。

 お話を聞いたあと気になってネットで調べてみると、やなせたかしさん自身がそのこと をはっきりと言っているわけではないのですが、確かにイエスキリストとアンパンマンはずいぶんと重なるところがあります。自分自身の頭(パン)を、困っている人、お腹の空いている人のために差し出すという行為。自己犠牲を厭わずに他者のために自分の命を捨てる覚悟、まさにイエスキリストの姿です。

 このアンパンマン、最初に登場したのはもう、50年も前になります。デビュー当初は大人向けのメルヘン童話で、顔は普通の人間の顔をしたおじさんだったと。その後、小学生対象のキャラクターに設定を変えていったが、アンパンマンは人気が出ません。かっこよくないし、強くもないヒーローは小学生には受け入れられないのです。しかし、その弱さ故、やさしさ故か幼児に人気が出始め、定着していったのでした。なんでも、自分の身、自分の頭(パン)を困っている人の為に差し出せるのは、必ず、替わりにジャムおじさんがパン(頭)を焼いてくれるのを信じているからなのだと。こういうところも復活のイエスキリストに通じるものがあります。

 「困っている人がいたら助けてあげましょう。」「お友だちとなかよくしましょう」この二つは園長の私が子ども達の前でよく言う話ですが。アンパンマンとからめてお話ししたらもっと理解が進むかもしれませんね。