園だより 園長からのメッセージ

毎月、発行している園だより 園長からのメッセージ

2026年 7月

なでると持ち上がる石                 園長 佐 竹 和 平 

 娘さんが高齢の父親に対して厳しい口調で「お金は渡したでしょ!」と。「何度も同じこと言わせないでよ!」と声を荒げています。どうも、認知症の父親のようで、理解力、記憶力の衰えてきた父親に娘さんはイライラしているようです。娘さんも決して意地悪をしているわけではありません。何度も同じようなことが繰り返される毎日に疲れ、嫌気がさし、どうしても声が強くなってしまったのでしょう。その気持ちはわからなくもないです。けれど、認知症の方は、強く言われた、叱られた内容は忘れてしまっても、「怒られた」「怖かった」「悲しかった」「尊厳が傷つけられた」「できなかった」という気持ちは心に残ると言われます。

 この親子の様子を見ていて、以前、テレビで見た「なでると持ち上がる石」という話を思い出しました。その石は、持ち上げる前にやさしくなでると不思議と持ち上げやすく、軽く感じますが、叩いてから持ち上げようとすると、重たく感じて持ち上げにくくなるというのです。実際にテレビの収録ではタレントがそのようにやると、たしかになでると軽くなり、叩くと重く感じたと言うのでした。

 本当に石が軽くなったり重くなったりするわけではありません。大切なもの、愛を持って接するものの重みは軽く感じ、愛の無いもの、大切と思わないものは重く感じるということのようです。

 このことは、親と子どもの関係、人と人との関係にも通じるように思います。

 子どもも、大人から責められたり、頭ごなしに叱られたりすると、自分の力を発揮できなくなります。もちろん叩かれて、その力を発揮するようなことはありません。

 「大丈夫だよ」「一緒にやってみよう」「見ているよ」と受け止めてもらえると、挑戦する力、いつも以上の力が湧いてくることもあるでしょう。

 もちろん、子どもを育てる中では、特に危険な行為に対しては注意したり、時には厳しく伝えたりすることも必要です。しかし、その土台に「あなたを大切に思っているよ」という愛情が伝わっていることが何よりも大切なのだと思います。

 神様は、私たちが何度失敗しても、何度つまずいても、まず愛をもって受け止めてくださるお方です。私たちのことを優しくなでてくれています。その愛によって私たちは生きている、生かされてもいます。私たち大人も目の前にいるお子さんのことを優しく「なでる」ような関わりを大切にしていきたいと願っています。

2026年 6月

さわってみよう かんがえてみよう    園長 佐 竹 和 平 

 6月のカリキュラムのねらいは、3歳児が「さわってみよう」、4・5歳児が「かんがえてみよう」です。

 3歳児は、水たまりにまず足を入れてみます。泥がついたら手で触ってみます。葉っぱに雨粒がついていれば指で触れてみます。そこには理由や理屈よりも、「なんだろう」「やってみたい」という素直な好奇心があります。子どもはまず体験することで世界を知っていくのです。もちろん、すぐに触れたり試したりできる子ばかりではありません。少し離れたところから見ている子もいます。でも、お友だちが楽しそうに遊んでいる様子をじっと見つめている姿もあります。その子なりのペースで心が動き、「やってみよう」と思う時がきっとやってくるのだと思います。

 4・5歳児になると、水たまりを造ろうとします。友だちと協力して川の流れを造り、水たまり(ダム)を造ります。どうしたら自分たちの思い描く形になるのかを考えながら、何度も試していきます。砂場でも、どうしたらもっと大きな穴になり、水をためられるのかを考えます。そして中には、どう誘い出して園長をその穴に落とすかを考える子もいます。友だちと相談しながら試行錯誤を繰り返します。ただ遊んでいるように見えるその時間の中で、実はたくさんの「考える力」が育っているのです。

 こうして見てみると、3歳児の「さわってみよう」と4・5歳児の「かんがえてみよう」というねらいは、連続した成長の姿であることに気づきます。まずは触れてみること、やってみることがあり、その経験が「どうしてだろう」「もっとこうしたい」という思いにつながっていきます。子どもの成長は、まさにその繰り返しです。

 私たちは、子どもたちが毎日の生活の中で、神さまが創られた豊かな世界に出会ってほしいと願っています。雨上がりの匂い、風の心地よさ、土の感触、小さな虫の動きなど、大人が見過ごしてしまうような出来事にも、子どもたちは驚きや発見を見つけます。その一つひとつが、神さまから与えられた大切な学びの機会なのだと思います。

 6月になり裸足保育も始まりました。子どもたちの遊びはさらに活発になり、衣服の汚れも増えることでしょう。しかし、それは思い切り遊び、学び、成長している証でもあります。今日はいったいどんなことに心を動かし、何に触れ、何を考えたのだろう。そんなことを想像しながら、お子さんの話に耳を傾けていただければうれしく思います。

2026年 5月

ありがとう                  園長 佐 竹 和 平 

 新緑がまぶしい季節となりました。幼稚園ではこの時期に「ありがとう」というさんびかを歌います。歌詞の出だしが「わかばをゆすって~みどりのかぜが~」とこの時期、晴れた日の園庭の状況と似ていることもあって、好んで歌っています。春のこの時期の気持ちよさ、与えられた環境、その感謝を神さまに「ありがとう」って素直に言える歌です。

 園庭ではこの爽やかな風の中、子どもたちが元気いっぱい遊ぶ姿が見られています。草花や虫たちとの出会いも増え、子どもたちは毎日のように新しい発見を楽しんでいます。

 5月のカリキュラムのテーマは、3歳児が「かんじて」、4・5歳児が「なんでだろう、どうしてだろう」です。

 3歳児の子どもたちは、風の気持ちよさ、土の感触、草花の美しさなど、さまざまなものを身体いっぱいで感じながら過ごしています。裸足で遊ぶこともあります。「たのしい」「うれしい」「きもちいい」という経験を重ねることが、豊かな心を育てていきます。

 4・5歳児になると、子どもたちの中に「なんで?」「どうして?」という気持ちがたくさん生まれてきます。虫を見つけて不思議に思ったり、友達との関わりの中で考えたり、自分なりに理由を探そうとする姿が見られます。

 この春は観察する機会が園庭でもみられました。てんとう虫が卵を産み、その後、幼虫になります。この幼虫の姿はまだてんとう虫らしくありません。幼虫の後にさなぎになってから、その皮を破いて成虫、てんとう虫になります。途中さなぎになります。さなぎになる・・・「なんでだろう、どうしてだろう」と思う気持ちは、学びの始まりでもあります。周りにいる大人がすぐに答えを教えるのではなく、一緒に考えたり、発見を喜び合ったりしながら、その気持ちを大切に育んでいきたいと思います。

 子どもたちは日々の園生活の中で、たくさんのことを感じ、考え、出会いながら成長しています。その姿を見守る私たち大人もまた、子どもたちから多くの気づきや喜びをいただいています。

 新緑のこの季節、神さまから与えられている恵み、環境、人とのつながりに「ありがとう」と感謝できる心を、子どもたちとともに大切にしていきたいと思います。
今月もどうぞよろしくお願いいたします。

2026年 4月

しゅイエスとともに                  園長 佐 竹 和 平 

 

 ドレーパー記念幼稚園は、キリスト教主義に基づいて運営される幼児教育施設です。「キリスト教の幼稚園」と聞くと、信仰を持つ人のための場所、あるいは子どもたちや保護者の皆さまをキリスト教の信者にするための園、という印象を持たれる方もおられるかもしれません。けれども、私たちの願いはそこにはありません。

 私たちが大切にしているのは、イエス・キリストが示してくださった愛の心を、日々の保育や人との関わりの中に生かしていくことです。この園が、主なる神の愛によって集められた、一つの大きな家族のような場でありたいと、私たちは願っています。そこでは、子どもたちも保護者の皆さまも教職員も、それぞれがかけがえのない存在として受けとめられます。

 人を大切にすること。互いを尊重すること。違いや弱さを受け入れ合うこと。できる人ができない人を支え、うれしいときには共に喜び、悲しいときには共に心を寄せる。そうした関わりの中で、子どもたちは「自分は大切にされている存在なのだ」という安心を受け取り、少しずつ心を育てていきます。

 幼児期は、知識や技能を身につけるだけでなく、「人とどのように生きるか」「自分がどれほど愛されているか」を深く感じ取っていく大切な時期です。だからこそ私たちは、この園での一日一日が、子どもたちにとってもご家庭にとっても、あたたかな恵みに満ちた歩みとなることを願っています。

 どうか保護者の皆さまも、ご家庭において、お子さんを神さまから託されたかけがえのない存在として受けとめ、愛をもって関わっていただければ幸いです。

さて、本年のキリスト教保育連盟の主題聖句は、「しゅイエスとともに」です。
この言葉を受け取るとき、私たちは聖書の中で、天使がマリアに告げた言葉を思い起こします。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

 突然の出来事に戸惑い、恐れを覚えたマリアに対して、神さまは天使を通して「あなたはひとりではない」と語りかけてくださいました。この御言葉は、遠い昔のマリアだけでなく、今を生きる私たちにも向けられている神さまの慰めと励ましの言葉でもあります。神さまは、私たち一人ひとりと共にいてくださいます。そして主イエス・キリストもまた、日々の歩みの中で私たちを支え、導いてくださいます。

 この一年、「主イエスとともに」歩む恵みを心にとめながら、子どもたちと共に、感謝と希望をもって歩んでまいりたいと思います。

2026年 3月

一歩、一歩                    園長 佐 竹 和 平 

 人の体は、毎日の食事によってつくられていきます。豪華なごちそうや、華やかな席での料理が体をつくるのではありません。むしろ、何気ない日々の食事、その一回一回の積み重ねこそが、私たちの体を支え、形づくっています。
昨日の食事は思い出せても、一週間前、一年前、まして一歳のころに何を食べていたかを覚えている人は、ほとんどいないでしょう。それでも、その一つ一つが、確かに今の自分をつくっています。

 幼稚園の営み、子どもの成長も、それとよく似ているように思います。
運動会や発表会のような大きな行事は、心に残る特別な日です。子どもたちの成長を目に見えるかたちで感じられる、うれしい機会でもあります。けれども、子どもたちの心を本当に育てているのは、その日の特別な時間だけではありません。
毎朝の「おはよう」のあいさつ。転んだときにかけられる「だいじょうぶ?」の一言。
けんかをして、涙を流し、やがて仲直りすること。ぶつかり合いながらも、もう一度いっしょに遊ぼうとする姿。そうした何気ない日常の中にある、あたたかく、心の通った関わりこそが、子どもたちの土台を静かにつくっています。

 その成長は、すぐには見えません。背が伸びるように数値で測ることもできません。それでも確かに、子どもたちの内側で、静かに、そして確実に育っているのです。

 今月の聖句に、「主が一歩一歩を備えてくださる」(箴言16章9節)とあります。
神さまは、着実で、誠実な毎日の歩みを、私たち一人ひとりのために備えていてくださいます。派手さはなくても、毎日の保育の中で注がれる愛。すぐに結果が見えなくても、信じて待つ眼差し。その積み重ねが、子どもたちの「見えにくい成長」を支えています。

 神さまが一人ひとりを大切に育ててくださっていることを信じながら、これからも日々の小さな営みを大切にしてまいりたいと思います。
 目に見える大きな出来事だけでなく、今日という一日の中にある小さな出来事を大切に。子どもたちの内に育っているものを信じつつ、神さまの守りの中で、また明日も一歩ずつ歩んでまいります。

 

2026年 2月

信じて待つ              園長 佐 竹 和 平 

 「愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐えます」と聖書、コリントの信徒への手紙一 13章7節にあります。キリスト教式の結婚式では牧師が読み上げることの多い聖書個所なので聞いたことがある方もいるかと思います。

子どもを育てる営みは、この愛をもって行われるものです。そしてその愛とは、忍び、信じ、望み、耐えるものだと聖書は語っています。この「耐える」とは、「待つ」ということでもあるのではないでしょうか。信じて待つこと、それが愛をもって行う子育てなのだと思います。

 そこにいる親や保育者が、何もせずにただ待っているわけではありません。親として、保育者として、その子にふさわしい環境を整える責任があります。過保護や過干渉になりすぎず、他の子と比べるのでもなく、今その子にとって何がふさわしいのかを考え、環境を用意する。その環境の中で、子どもが育っていくことを信じて待つことが大切なのだと、改めて感じています。

 この時期、園庭ではなわとびに取り組む子どもたちの姿が多く見られます。なわとびカードがあり、基準をクリアするとシールを貼ることができます。練習を重ねる中で、「何回飛べたよ!」と嬉しそうに報告してくれる子どもたちの表情は、とても生き生きとしていて、誇らしげでもあります。

 2月に感じる子どもたちの成長は、4月の頃とはまた違った形で現れます。なわとびができるようになった、こまが回せるようになったなど、「できるようになったこと」が増える、分かりやすい成長があります。これはこれで、とても喜ばしいことです。それ以上に嬉しく感じるのは、その根っこにある心の育ちです。失敗しても諦めずに成功を目指して挑戦し続ける姿。順番を待てるようになったこと、友だちを助けられるようになったこと、泣かずに気持ちを切り替えられるようになったことなど、特定の出来事ではなく、日々の中で感じる心の成長に気づいたとき、私はとても嬉しい気持ちになります。

 成長の姿は、一人ひとり異なります。だからこそ、人と比べるのではなく、その子自身の成長を純粋に喜ぶことが、保護者や保育者にとって大切なのだと思います。

 寒さの中でしっかりと根を張る木々のように、子どもたちの内側でも、目には見えない確かな力が育まれています。これからの成長にとって、大切な「根っこ」が、今まさに育っているのです。

2026年 1月

子どもの成長              園長 佐 竹 和 平 

 冬休みを終えて登園してきた子どもたちの元気な声が園庭に響き、休み中は静かで、寒々しかった園は再び生き生きとした日常を取り戻しました。「あけましておめでとう」と少し照れたように挨拶をしてくれる姿や、休み中の出来事を一生懸命に話してくれる様子に、この冬休みの間も子どもたちがそれぞれの場所、それぞれの時間を大切に過ごしてきたことを感じます。

 さて、この冬休みの間に、園庭に新しく築山(つきやま)を造りました。園庭に高低差があることによって、子どもたちの遊びや動きに、これまでとは違った広がりが見られるようにしたいとの思いです。登る、下りる、走る、立ち止まる――その一つひとつが、子どもたちにとっては身体の使い方を学ぶ大切な経験です。高さや傾斜があることで、子どもたちは自然と「どう動けばいいか」「今は止まったほうがいいか」を考えます。友だちが登ってくるのを待ったり、譲り合ったりする姿も見られます。築山は単なる運動の場ではなく、身体のバランス感覚や空間認識を育てると同時に、周囲を感じ取り、相手を思いやる心を育む場にもなっています。また、築山の上から見える景色は、子どもたちにとって少し特別なものです。やはり、頂上にたっていると景色も違い、気分が良いようです。築山の土は泥だんごやお料理の材料にもなります。そんなに長くは持たない築山かと思いますが、少しずつ変化する形状を工夫しながら遊べたらよいと願っています。

 1月は寒さの厳しい季節ですが、自然の営みは静かに次の春へと向かっています。目に見える変化は少なくても、土の中では確かな準備が進んでいます。それは子どもたちの成長も同じです。幼稚園での日々の遊びや生活の積み重ねの中で、心と身体は着実に育まれています。それは目に見えるものもありますが、中には目に見えないものもあります。本人にも保護者にも教師にもまだ隠されている成長もあるかもしれません。しかし、しっかりとしたその子なりの成長が確かにあることに感謝と喜びを持っていたいと思います。

 3学期は期間も短いですが、遊びが充実してくる時期でもあります。ご家庭でも、園での出来事や遊びの話に耳を傾け、子どもたちの成長を共に喜んでいただければ幸いです。神さまの守りの中で、この一年も子どもたち一人ひとりが豊かに育まれていきますように。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。