園だより 園長からのメッセージ

毎月、発行している園だより 園長からのメッセージ

2025年 7月

 ブランコ                園長 佐竹 和平

 幼稚園の園庭にあるブランコは、子どもたちに人気の遊具です。子どもたちの生活の中心には「遊び」がありその遊びの中にたくさんの“育ち”が詰まっています。今回はブランコを通して、子どもたちの成長についてご紹介したいと思います。

 園庭で遊んでいると、「えんちょうせんせい、ブランコおして〜!」と声をかけてくれる子がいます。そんなとき私は、お決まりのボケをひとつやってから、背中を押したり、ジェットコースターをしてあげます。園長だけでなく、他の先生たちも子どもたちにたくさん声をかけられ、ブランコを押しています。

 ブランコは人気がある分、「順番を待つ」という経験も欠かせません。誰かが乗っているときには、「か〜わって」と自分の気持ちを伝えなければなりません。一方で、今乗っている子には「まだ遊んでいたい」という気持ちがあります。それでも、「10数えたらいいよ」などと声をかけて譲ってあげる姿も見られます。年下の子に対してはすぐにかわってあげられる子もいます。中には決して譲れない子もいます。

 「かわってほしい」と自分の思いを伝える子。「まだ遊びたい」気持ちを持ちながらも、相手の思いを感じ取って譲る子。そこには、相手を思いやる心や、折り合いをつける力が育まれています。

 また、「〇〇せんせい、おして〜」と先生を呼ぶ声にも、子どもたちの成長が見えます。近くに先生がいないときには、もっと大きな声で呼ぶ必要があります。その声に気づいて駆け寄る先生がいて、自分の思い、表現したことが実現します。

 子どもたちがブランコを押してもらいたがるのは、まだ自分でうまくこげないから、というだけではありません。先生と一緒に遊びたい、楽しい時間を分かち合いたいという気持ちもあるのです。もちろん、少しずつ自分の力でこげるようになり、その喜びを味わう子どもも増えていきます。

このようなブランコ遊びの中で、子どもたちはさまざまな力を育んでいます。

  • 自分の気持ちを表現する
  • 順番を守る
  • 相手の気持ちに気づく
  • 数の感覚を身につける
  • 先生や友だちとの関わりを通して社会性を育てる

 そして、体を動かすことで体力もついていきます。3歳のうちはまだ難しいことも4歳、5歳、6歳と成長する中で、少しずつできるようになっていきます。

思いっきり遊びながら、たくさんの経験を通して、子どもたちがのびのびと成長していく姿を見守っていきたいと思います。

2025年 6月

 人生に必要なもの  勇気と想像力と少しのお金    園長 佐竹 和平

厚生労働省がこの度、公表した2024年の出生数(生まれた子どもの数)は全国で約68万人。初めて70万人を下回り、前年に比べて約4万人の減。神奈川県では約5万人が生まれたのだが前年に比べて約2600人減とのこと。合計特殊出生率は全国では 1.15人、神奈川県は 1.08人となっている。人口を維持するのにはこの数字が 2.07人にならないといけないのだそうだが、もはや、この数値を目標にすることをやめているよう。
 国が少子化対策基本法を制定し、本格的にその取り組みを始めたのが2003年。極一部の自治体が独自の取り組みによってその成果をだしているところはあるが、この20数年来、少子化が止まることはなく、むしろ予想以上の速さで少子化が進んでいるのが実際のところ。収入や生活の不安があり結婚を望まない、結婚していても子どもを授かることを望まない比率も年々高くなっている。子どもを授かろうとする人数、育てようとする人数も様々な事情で減ってきています。また、晩婚化により子どもを授かれる人数に影響があるのだともいわれています。神奈川では平均で夫の初婚年齢は 31,7歳、妻は 30.3歳とのこと。
 これらの報道をみて思い出したのが、チャップリン喜劇王と呼ばれた映画人)の映画に出てくるセリフ。あるダンサーを励ますためにと言ったこのセリフ。
  「人生に必要なのは勇気と想像力、そして少しばかりのお金なんだよ」

今の政策、今の国の在り様では子どもを授かれる世代、青年層に対して、チャップリンの言う人生に必要なものが持たせられていないのだなあと、ふと思った次第。
結婚する勇気、結婚により人生がより豊かになるという想像力、子どもを授かろうとする勇気、子どもを授かり、育てる喜び、幸せに対する想像力。そしてわずかばかりのお金。このお金に関しては少しとはいかずに、子どもを産み、育てる費用、またその間の雇用の安定が求められ、これが無いから勇気が持てない、結婚し子どもを育てることの想像ができないとも言われてもいます。確かに、これらを青年層、子を授かれる世代が持っていなければ少子化が進むのも致し方ないと思われます。
 さて、これを読んでおられるのは幼稚園にお子さんが在園している方、又は未就園児の保護者として幼稚園に関わっておられる方かと思います。すでに、子を持つ親として、子育て真っただ中の皆さんです。お子さんが成長し、生きていく未来がどんなものになるのか、先行き不透明、不安定な時代でもあります。このような時代を生きるのには確かに勇気と想像力が必要とされるのかと思います。

お子さんの持つ勇気と想像力を育めるような6月を過ごしてまいりましょう。

2025年 5月

 見えないものに目を注ぐ               園長 佐 竹 和 平 

 キリスト教保育の中で最も大切なことは「子どもが、自分自身を大切なひとりとして受け入れられていることを感じ取り」「自分自身を喜びと感謝をもって受け入れるようになる。」ことへと導かれることにあります。

 ドレーパー記念幼稚園の生活には「お祈り」「さんびか」「聖書の言葉」があります。そして、なにより、愛に包まれた人と人との交わりがあります。これらのことを通じて、自分自身が神様、家族、お友達、保育者に愛されている、大切なものだと感じ取って行きます。このことが生きていく上での出発点になります。このことを知るからこそ、自分自身が大切な存在だとわかるからこそ、目の前にいるお友達のことも大切な存在だということがわかっていくのです。

 キリスト教保育では「見えないものに目を注ぐ」という表現があります。新約聖書コリントの信徒への手紙に「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」とあります。目に見えるものは失ってしまうことがあるかもしれないけど、決して失うことのない目に見えない大事なものがあることを知らされます。

 字が書ける、絵が上手、鉄棒、なわとびが得意、製作が得意・・・悪いことではありませんが、このように目に見える成長の成果よりも、目には見えないものの中に大切なことがあることを思わされます。

 幼稚園という集団での生活の中で、子どもはお友だちと仲良くしようとする心、お友だちのことを心配する心、お友だちのことを勇気づけようとする心、出来ないこと、やったことのないことに挑戦する心を持っています。でも、まだ、その心が上手く表現できないでいる子もいるかもしれません。そんな時に教師はその目に見える表現されたもの、結果ではなく、目に見えない子どもの、その時の気持ちに寄り添い、その気持ちを育み、励ましていくのです。上手く出来た時だけでなく、上手く出来なかったときにも分かっていてくれる人がいる。子どもはこの事で安心と自信を得るようになります。

 見えないものに目を注ぐことを大事に日々の保育に取り組んでまいりたいと思います。

2025年 4月

深く愛されて育つ                    園長 佐竹 和平

 「だから毎日、幼稚園に通えた」という本が出版され、その著者の名前が東田直樹さんとなっていたのですぐに注文して読ませていただいた。東田直樹さんは重度の自閉症で、言葉でのコミュニケーションが不得意です。この本を購入する際にAmazonでは2014年に東田さんの「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本を私が購入していることもわかりました。当時、20代前半の東田さんが講演会の講師に招かれ、ぴょんぴょん跳ねながら、自閉症についての質問に答えるシーンや、話の終わりには甲高い声で「おわり」というなど、非常に印象的でした。

 東田さんは重度の自閉症でコミュニケーションが苦手なのですが自分の考えていること、考えていたことを器具により表現できるようになり、自閉症の当事者の考えていることを彼によって多くの人が知ることになったのです。今では「自閉症の僕が跳びはねる理由」は世界30か国で翻訳出版されるベストセラーにもなっています。

 さて、今回、読んだ本の「だから毎日、幼稚園に通えた」の中に幼稚園の先生についての記述がありました。子どもは先生を好きになります。特に担任の先生を好きになります。それは私の担任の先生だから好きになるのだというのです。東田さんも幼稚園時代には会話はできなかったけど、担任の先生が好きだったと。このことから連想して考えたのは、子どもはお母さん、お父さんが大好きです。これは私のお母さん、私のお父さんだからということに改めて気付かされもしました。子どもは私の担任の先生、私の幼稚園の先生、私のお母さん、私のお父さんが好きなのです。

 「自閉症の僕が跳びはねる理由」の中には子どもに対しては「大好きだと伝えてください。大切なのは一人でもいいので、どれだけ深く愛されたかだと思います。」と大人、保護者へのアドバイスがありました。「一人でもいい」「どれだけ深く愛されたか」に自分自身のこと、自閉症のことをなかなか理解してもらえなかった東田さんの苦悩がありました。そんな中でも両親、幼稚園の先生には深く愛された記憶があるようで、それが今の自分、自己肯定感のある自分につながっているとのことでした。

 ドレーパー記念幼稚園はキリスト教主義の幼稚園です。子どもは神さま、イエスさまに深く愛されています。お母さん、お父さんから深く愛されています。担任の先生、幼稚園の先生から深く愛されています。そのことを子ども自身が日常の生活の中で感じ取り、自分自身を愛し、周りの人を愛せるようになっていくのです。

 さあ、お子さんのことを深く愛していく日々をともに過ごしていきましょう。

 

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2025年 3月

今月の聖句                 園長 佐竹 和平

 イエスキリストを通して示される神の愛と恵みのもとで子どもたちが育てられ、今の時を喜びと感謝をもって生き、そのことによって生涯にわたる生き方の基礎を培い、共に生きる社会と世界をつくる自律な人間として育っていって欲しい。このような願いがキリスト教保育の子ども観です。

 幼稚園の毎日の礼拝では月ごとに決められた聖句(聖書の言葉)をみんなで声を出して言うのです。毎日の聖句暗唱で、キリスト教保育の願いが少しずつ、子どもたちの心と体に行き渡っていったと信じています。年度の終わりに全てを記します。お子さんと一緒に振りかえって頂けたらと願っています。

4月 わたしは  よいひつじかいである。 

5月 かみはあいです。 

6月 ののはなが どのようにそだつか ちゅういしてみなさい。 

7月 ゆうきをだしなさい。 わたしはすでに よにかっている。 

8月 へいわをじつげんするひとは さいわいである。 

9月 わたしがあなたがたをあいしたように あなたがたも たがいにあいしあいなさい。 

10月 あなたのみなは、いかにちからづよく、ぜんちにみちていることでしょう。

11月 なみだとともにたねまくひとは、よろこびのうたとともにかりいれる。

12月 おめでとう、めぐまれたかた。 しゅが あなたとともにおられる。

1月 あなたのわかいひに、あなたのそうぞうしゃをおぼえよ。

2月 よろこぶひととともによろこび、なくひととともになきなさい。

3月 わたしはよのおわりまで、いつもあなたとともにいる。

 2024年度のドレーパー記念幼稚園の生活も終わりが近くなってきました。 年長のほし組さんは幼稚園を卒業し、4月からは小学校へ進学。年少ひよこ組、年中ゆり組は進級となりそれぞれ新しい環境の中での幼稚園生活となります。どのような環境の中にあっても、神様の祝福とお守りをいただいて、子どもたちが安心して生活ができるようにとお祈りしています。

2025年 2月

3000万の格差   園長 佐竹 和平

 生まれてから3歳になるまでの間にたくさん言葉をかけられた子どもと、そうでなかった子どもの、そのかけられた言葉の数の格差が3000万語というのです。3000万語多く声をかけられて育った子どもはその後の成長において、そうでない子どもと比較して豊富な語彙力を保持するようになるということです。語彙力があるということはそのまま思考力、想像力、コミュニケーション能力、非認知能力の獲得につながります。3000万語の格差がつまりは人間力の格差につながるという、アメリカの調査研究結果です。

 子どもが語彙を習得する能力の訓練期間としては3歳までが重要だから、この期間迄の調査結果が出ているのでしょう。しかし、語彙の習得は3歳以降もしていくことですから、もう、自分の子どもが3歳を過ぎているからとあきらめずに、今からでもたくさん言葉がけをしていくのがお子さんの成長にとっては大切なことということになります。

 単に言葉をかける、子どもにとっては言葉が耳に入るということなら、テレビとかスマホの動画でもよいことになります。しかし、そこも研究結果があって、大切なのは下記の3つで、その頭文字で3つのTとされています。

❶親のやり方、親のやらせたいことに子どもを寄せていくのではなく、子どもが興味を示していることに親が寄って行く。(Tune In)

❷たくさん話しかける。今、行っていることの実況でもいい。(Talk More)

❸会話のやりとり。なぜ?どうして?と応答を求める会話。(Take Turns)

 格差社会などと言われますが、実際には情報の格差によって様々な格差が生まれているようなところもあります。この30000語の格差は親が知って実践するかどうかです。費用はかかりません。3歳未満、乳児ならなおさらですが、幼児に対してでもたくさんの声がけをしていきましょう。3つのTのほかに、話しかける内容としては、子どもの人格、人権を損なわないような声がけ、子どもを否定したり、急がせすぎたりしない言葉がけが大事な大前提にもなります。

 目の前にいる大切なわが子に笑顔で明るい声でたくさん話しかけましょう。

2025年 1月

冬が来た               園長 佐竹 和平

 1月の4、5歳児のカリキュラムのテーマに「かさねる」とあります。その「願い」としては「今まで楽しんできたことに新たな経験を重ね遊びを広げる」とあります。4月からの生活、年少、年中からの生活の中で培ってきた自分自身の経験に、ここにきて新たな経験を「重ねる」ことが今月の願いです。そして、保育者(教師)は「子どもの思いが実現できる環境を整え、興味関心の幅を広げる」とありますから、子どもの成長を導く専門職らしい働きが求められもしています。

 冬の朝の寒い時、私には思いだす詩があります。

高村光太郎の「冬が来た」という詩。

 きっぱりと冬が来た  

 八ツ手の白い花も消え 

 公孫樹(いちょう)の木も箒になった

 きりきりともみ込むような冬が来た 

 人にいやがられる冬 

 草木に背かれ、

 虫類に逃げられる冬が来た

 冬よ僕に来い、僕に来い  

 僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

 しみ透れ、つきぬけ  

 火事を出せ、雪で埋めろ  

 刃物のような冬が来た

 

 寒くて人に嫌がられる冬を、自分の力に、自分を成長させてくれるものしている僕。そのためにもっと冬らしくあれ、寒くあれと願ってもいる僕です。寒さに萎縮しないで、凛と立つ姿がとても素敵な詩で、この詩に園庭の元気な子どもの姿を重ねている私です。

 寒い冬にも冬の良さがある。その冬の良さを、まだ冬の経験の浅い子どもたちに気づかせてあげられる、こどもたちの「興味関心の幅を広げる」ことができる保育者、大人であってほしいというのが今月の「願い」です。

 吐く白い息、冷たくなった手を暖めあう、澄んだ空気、結露した窓ガラス。生活の中で見る冬の体験は大人には当たり前でも、子どもには未知の体験のこともあります。子どもと一緒にその体験を感じ合える、そんな冬をすごしたいものです。「冬が来た」と前を向いて、親子で冬を喜び、冬を楽しみましょう。