園だより 園長からのメッセージ

毎月、発行している園だより 園長からのメッセージ

2018年 11月

神様の恵みに感謝の秋                  園長 佐 竹 和 平 

 11月21日(水)に行う園児フェスティバル向けて、子どもたちが活動しています。自分たちは何をするのか、そのために何をしなければいけないのか。自分たちで考え、意見を出し合い、自分たちで決める。そして、決めたことに向かってみんなで協力しあう。幼稚園教育要領に示されている主体的な活動の中から多くの学びをしている子どもたちです。

 保護者の皆さんは11月23日(金・祝)に開催のマルシュに向けての活動がいよいよ本格的になってきています。2年前にバザーの名称をマルシュと変えさせていただきました。バザーは収益を目的としますが、ドレーパー記念幼稚園のマルシュは収益を第一の目的にしないようにとの思いがあったからです。収益よりも大切なものは“ふれあい”ということになるかと思います。準備をする過程で保護者の皆様どうしのふれあいが増すことになるでしょう。また、マルシュ当日は在園児とその家族、教職員、卒業生、卒業生の保護者、教会の方々、地域の方々と多くの方がこの幼稚園に来てくださいます。今年のマルシュも多くの皆様方の交流が図られるふれあいの場となるよう願っています。

 さて、11月、実りの秋、収穫の秋、感謝の秋です。キリスト教の暦では11月の第4日曜日に収穫感謝記念礼拝が持たれてます。17世紀初頭に新天地を求めてイギリスからアメリカに入植した人々が収穫を得られたこと、厳しい環境の中で生き長らえることが出来たことを神に感謝して礼拝を行ったことがその起源となっています。

 わたしたちの日々の祈りは、今日の日が与えられていること、健康が守られていることなど、一般的な事象に関して感謝することが多くあります。収穫感謝の祈りは目の前に現実に見える野菜や果物を通して、神様に感謝するのですから子どもにもわかりやすいです。このようなわかりやすい感謝の祈りから、目には見えないものへの感謝の祈りも大切に出来るようにと願っています。

 人は往往にして無い物、持っていない物を数えて嘆き、欲望を持ちます。しかし、今、与えられている恵みに気づき、感謝できれば心に平安が訪れるのではないでしょうか。

 命ある自分、その自分が生きていられるように環境を整えてくれる家族、楽しく一緒に過ごす友人・・・神様から与えられている恵です。美味しい食事、寝る布団、着る服、青い空、雨の日、畑のお野菜、道端に咲くかわいいお花・・神様の恵にあふれています。 

 私たちの人生そのものが神様の恵によるものでもあります。恵みと言っても人生には楽しいときばかりではなく、辛く厳しいときもあります。しかし、神様からの恵ですから人生は良いものに決まっています。辛く厳しいと思われるときがあったとしても、それは後に幸せになるために神様から与えられた乗り越えられる試練なのです。今あるすべてを神様から与えられた恵として受け止め、神様に感謝しつつ毎日を過ごしていきましょう。

2018年 10月

                        園長 佐 竹 和 平 

 久しぶりに山登りがしたくて高尾山に行ってきました。高尾山は標高599メートル、山中には薬王院があって、観光客、参拝客で賑わいがあります。この参道に「十善戒」という仏教の教えが書かれていて興味深く読ませていただきました。

  • 不殺生(ふせっしょう) むやみに生き物を殺さない。あらゆる生命を尊重しよう

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  • 不偸盗(ふちゅうとう) 盗みをしない。他人のものを尊重しよう

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  • 不邪淫(ふじゃいん) 男女の道をはずさない。お互いを尊敬しあおう

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  • 不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。正直に話そう

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  • 不綺語(ふきご) 心にもないきれい事を言わない。よく考えて話をしよう

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  • 不悪口(ふあっく) 悪口を言わない。優しい言葉を使おう

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  • 不両(ふりょう)舌(せつ) 二枚舌を使わない。思いやりのある言葉を使おう

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  • 不慳貪(ふけんどん) 欲張らない。惜しみなく施しをしよう

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  • 不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをいだかない。にこやかに暮らそう

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  • 不邪見(ふじゃけん) 誤った見解を持たない。正しく判断しよう

 これは帰って来て調べたことなのですが、この十善戒は不で始まるので意味は否定、「〜しない」になります。ですが、参道で見たその解釈はすべて肯定のもの「〜しよう」 でした。(右側のゴシック部分)。肯定の前向きな言葉だったから、私も興味深く読み、心に入ってきたのだと思います。
 
 子どもとの生活に限らず、何かと否定形の言葉、禁止の言葉がついでてしまいます。しかし、否定の言葉より肯定の言葉の方が伝わりやすいのです。「してはいけない」ことを伝えるためには、例えば「大きな声をださない」と言うより、「静かにしよう」と言い換えた方が相手には伝わり、大きな声をださなくなるるということです。つまり、「してはいけないこと」を伝えるのではなく「して欲しいこと」を言う方が相手には伝わるということです。
 
 親の言葉が子どもの言葉になると言われています。親が日本語なら子どもも日本語になります。親が肯定的な言葉を使っていると、子どもも肯定的な言葉を使うようになることになります。「いいね」「大丈夫」「ありがとう」なども現状を肯定する言葉です。そんな言葉が行き交えば良い親子関係が築いていけそうです。

2018年 9月

キリスト教保育の願い 5)        園長 佐 竹 和 平 

 8月にキリスト教保育連盟神奈川部会の研修会が横浜にある捜真学院で行われ、全教職員で参加させていただいた。午前中は礼拝と幼稚園教育要領の「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」についての学びの時が与えられ、午後は5名程度のグループに分かれて話し合いの時がもたれた。私の割り当てられた園長のグループの中で、ある園長がこのような発言をされて、その討議の口火をきりました。

「わたしたちは“一人ひとりを大切にする保育”をしているでしょうか」

“一人ひとりを大切にする”という表現はキリスト教主義の保育施設に限らずに使われている表現です。わたしたちは“大切にする”の意味をもう一度再確認しなければならないとの思いを提起してくださったようです。

わたしたちキリスト教保育が考える“大切にする”とは“愛する”ということです。子どもは神様から命を与えられ愛されているかけがえのない存在です。子ども一人ひとりの存在をどこまでも愛し続ける必要を改めて教えてくださったのでした。

イエス・キリストは子どもを祝福し抱き上げました。
親子の間で悲しい事件を耳にすることもあります。
キリスト教保育が保護者のみならず地域社会の中にあって子どもを愛すること、子育ての喜びを表して行かなければなりません。
    
 はきだめに えんど豆咲き  泥池から 蓮の花が育つ
 人皆に 美しき種あり  明日 何が咲くか
   (安積得也)

 これは息子の通っていたキリスト教主義の高校内にある石碑に記されていた「明日」という詩です。神様は一人ひとりに美しい種を与えてくださっており、美しい花、素敵な実を咲かせてくださる。そのときを喜びと期待をもって待ちましょう。といった意味になるでしょうか。
子どもを愛すること、子育ての喜びが現れている素敵な詩です。

今月もキリスト教保育連盟によるキリスト教保育のねらいを紹介します。
 
5)子どもが、自然や世界を神による恵みとして受け止め、
  関心を持ち、自分たちのできることを考え、行うようになる。

自然や世界、動植物の命の源を神様の恵みであるという価値観は純粋な心を持った幼児期にこそ身につけて欲しいとの思いがあります。神様の恵みに感謝した上で、その恵みを守るために、育てるために何が出来るか、人間の使命のようなものまで考えて、行動ができるようになって欲しいという願いです。とてもスケールの大きなキリスト教保育の願いです。

 

2018年 8月

キリスト教保育の願い 4)           園長 佐 竹 和 平 

8月の園だよりは年長さんのお泊り保育特集号となっています。お泊り保育での年長の子どもたちの様子を年長の保護者のみならず年少、年中の保護者にも知っていただきたいとの思いもあります。

幼稚園で行う行事には一つひとつに目的とねらいがあります。お泊まり保育はその名前が表すように一番の目的はいつも一緒に過ごしている親と離れてお泊まりをすること。この体験が何より大事です。ねらいは特に年長児のみを対象にして、いつもと明らかに異なる環境下で行われることから多くのねらいがあります。幼稚園教育要領で示されている「幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿」を参考にするとわかりやすくなります。

①健康な心と体 
②自立心 
③協同性 
④道徳性・規範意識の芽生え 
⑤社会生活との関わり 
⑥思考力の芽生え 
⑦自然との関わり・生命尊重 
⑧数量・図形、文字等への関心・感覚 
⑨言葉による伝え合い 
⑩豊かな感性と表現

少し例を挙げて紹介してみます。

・事前の準備ではグループを作り名前を決めます。③④⑨⑩
・お泊まり保育用のTシャツは染めて自分独自のものを作ります。⑥⑧
・富士山、東山荘の自然の中で、YMCAの人と様々な体験をします。①②③⑤⑦⑩
・みんなでお風呂に入り、ご飯を食べます。③④⑤
・自分たちで布団の用意をします。②③

と言った具合になります。

すべては日頃の生活、幼稚園での集団での生活の延長にあるものです。今回のお泊まり保育では年長らしいとても素敵な姿をたくさんみることができました。

今月もキリスト教保育連盟によるキリスト教保育のねらいを紹介します。

 4)子どもが、心を動かし、探求し、判断し、想像力をもち、創造的にさまざまな
   事柄に関わるようになる。

テレビやゲームなど子どもが「心を動かされる」ものはありますが、それらが探求心、判断力、想像力を養い、かつ創造性を身に付けるようなものにはなりません。テレビやゲームはそのままで心を動かされてしまうので、探求心、判断力、想像力の出番が少ないのです。水や土、草花に昆虫などの自然物との体験のなかではなぜだろうという感覚から探求心がうまれます。友だちとの身体を使った遊びでは判断力や遊びを創造的に発展させる力も育まれます。絵本などの物語のなかで、身近にある素材での工作などでは想像力が育まれます。このような体験を実際にするなかで心動かされるとき、子どもは成長していくのです。

2018年 7月 

キリスト教保育の願い 3)           園長 佐 竹 和 平 

 幼児一人きりの部屋で目の前に大好きなお菓子が一つ。今すぐ食べても良いのだけど、20分間、食べるのを我慢するともう一つお菓子が食べられるというテストがあります。アメリカの心理学者が考案したいわゆるマシュマロ・テストというものです。このテストで何がわかるかというと自制心の高さがわかるというものです。20分我慢して二つのお菓子を食べられる子は自制心が高い子。我慢できずに一つのお菓子を食べてしまう子は自制心の低い子ということになります。

 自制心とは自分自身の感情や欲望などをうまくコントロールしたりする気持ちや精神力の事とされていて、生きていく上で重要な物です。一概には言えませんが、犯罪や世の中で起きている理不尽な出来事はこの自制心の欠如によって起きているように思われます。

 この自制心は幼児教育の中で培われるべき「非認知能力」の一つです。小学校では国語、算数、理科、社会などの科目があり、それぞれ学びの中で覚えることがあります。覚えたことを基に問題を解く力も求められます。このような知識や知能のことを「認知能力」といいます。この認知能力を高めるためにとても大切で、社会の中で自立した人間として生活していくのに大切な能力が「非認知能力」です。「思いやり」「協調性」「自制心」「自尊心」「やり抜く力」「意欲」「社交性」「信頼」などの能力のことです。

 幼稚園での遊びを中心とした生活、友だちや保育者との関わりの中でこれらの能力を少しずつ身につけて行っている子どもたちの姿をうれしく見させて頂いています。
・思いやり・・困っている子がいたら助けている子がいます。
・協調性・・みんなで同じ一つのことに取り組むことが出来ます。
・自制心・・今、何をやらなければならないかを自分で考えて行動しています。
・自尊心・・みんなから愛されている自分に気づき、自信を持ちます。
・やり抜く力・・すぐにあきらめずに最後まで頑張っている姿があります。
・社交性・・元気にあいさつができます。
・意欲・・次は何をしようか・・自分のやりたいことを思い描きます。
・信頼・・困っていたら助けてくれる友だち、大人がいることを知っています。


 今月もキリスト教保育連盟によるキリスト教保育のねらいを紹介します。
 3)子どもが互いの違いを認めつつ、一緒に過ごす努力をし、そのことを喜びとする
ようになる。
「違い」を認めることから始まり、努力し、喜びへと持って行くところにキリスト教保育の特徴が出ています。私とあなたは違う存在。価値観や目的を共有することが出来ないこともある。でも、共に生きていこう。そこには、違う存在だけれども、お互い神様に守られ、愛されている同じ人間という信仰が土台にあります。

2018年 6月

乳幼児期の体験                  園長 佐 竹 和 平 

 図書室の保護者向け図書を整理していたら面白いタイトルの本があり興味深く読ませていただきました。角田春高著「育て直し」という本です。この本の出版は2003年となっていますので、もう15年も前になります。著者の考えでは、人生の中で何らかのつまずきがあったとしたら、乳幼児期の体験に照らし併せて考える必要があり、改善するには、そこからやり直す必要があるようです。そして、その乳幼児期の体験を7つの段階でその経験する年齢(月齢)と共に紹介しています。

第1段階:実感・・生きている実感を持つこと(0歳から3ヶ月頃)
第2段階:安全・・物や場所による安心感が広がること(3〜6ヶ月頃)
第3段階:信頼・・人による安心感が広がること(6ヶ月〜1歳2ヶ月頃)
第4段階:言葉・・経験を言葉で表し、言葉で理解すること(1歳2ヶ月〜2歳6ヶ月頃)
第5段階:仲良し・・対等な2人遊びができること(2歳6ヶ月〜4歳6ヶ月頃)
第6段階:3人組・・対等な3人遊びができること(4歳6ヶ月〜6歳頃)
第7段階:畏れ・宇宙の中の私・・学習意欲あるいは勤労意欲が持てること(6歳〜9歳)

 このような段階を一つひとつ踏まえながら客観的に自我に目覚めるようになった人が大人なのだそうです。そして、問題行動や症状が現れた場合はこの7段階の過程、欠けてていると思われる段階を経験することで、何歳になっていても、立ち直る事が出来るとされています。とても興味深い理論です。

 子どもの成長と個性は人それぞれで一概には言えない事ですが年齢に応じた経験をしていなくても幼稚園という集団の中で、保育者との関係のなかで育ち直しがされていることもあります。そして第6段階までを体験して幼稚園を卒業して行くと、その後の社会での生活が豊かになるのだと思います。

 先月に続きキリスト教保育連盟によるキリスト教保育のねらいを紹介します。

 2)子どもがイエスを身近に感じ取ることを通して、見えない神の恵みと導きへの
   信頼感を与えられ、「イエスさまと共に」毎日を歩もうとする思いをもつよう
   になる。

 生活の中にイエスさまが共にいることを感じとることができるようになると、何かを自分自身の力で出来たと思っても、自分自身の力ではない、神様をはじめ周りの様々な助けの中でできたものであることに気づくことができ、、感謝出来るようになるという考え方に基づいたものです。上記の第1段階から7段階までを網羅するようなねらいとなっています。わたしたちの歩みは神様に支えられているのです。とても、心強く、安心の中にいるこの喜びと感謝を忘れずにいたいものです。

2018年 5月 

キリスト教保育の願い 1)           園長 佐 竹 和 平 
 幼稚園での新しい歩みも1ヶ月が経ちました。お子さんの様子を保護者の皆様はどのように見ておられるでしょうか。新しい環境の中にいる子どもたちについては各担任のクラスだよりに記されていますが、一人ひとりがその存在を認められつつの幼稚園生活となっています。一人ひとりが持つ人間の個性は異なりますので、その成長も異なります。その子自身の持つ成長の速度を理解し、慌てず、焦らずに子どもの成長を見守っていきましょう。

  子どもが、自分自身を大切なひとりとして受け入れられていることを感じ取り、
  自分自身を喜びと感謝をもって受け入れるようになる。

 所属するキリスト教保育連盟によるキリスト教保育のねらいとして6項目が挙げられているのですが、その一番目に挙げられているのが上記の項目です。キリスト教保育の始まりは「子どもが、自分自身を大切なひとりとして受け入れられていることを感じ取り」から、「自分自身を喜びと感謝をもって受け入れるようになる。」へと導かれることにあります。
ドレーパー記念幼稚園の生活には「お祈り」「さんびか」「聖書の言葉」があります。これらのことを通じて、自分自身が神様、家族、お友達、保育者に愛されている、大切なものだと感じ取って行きます。このことが生きていく上での出発点になります。このことを知るからこそ、自分自身が大切な存在だとわかるからこそ、目の前にいるお友達のことも大切な存在だということがわかっていくのです。キリスト教には「隣人愛」という言葉がありますがこれは「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」というイエス様の教えですが、その前提にあるのは「神様に愛されている自分を愛する」ことにあります。

 さて、保護者の皆さん自身の幼稚園生活にはどのような感想を持たれているでしょうか。新入園児の保護者の皆さんは、まだまだ、馴染めない・・といった感じの方も見受けられます。これからクラス懇談会、サークル活動なども行われるようになります。幼稚園生活で新しいお友だちを増やしていく子どものように保護者の皆様もお友だちを増やしていきましょう。一緒に何かをする事によって親しくなるものです。子どものみならず保護者の皆様にとっても幼稚園での生活が楽しく、充実したものとなるよう願っています。